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モノづくりの高度化で再認識される〝基礎の重要性〞


ダイカストの不良対策と用途開拓!

その鍵を握る『基礎原理』は魔法の杖



 AIをはじめデジタル化の進化で今後は多様なアイデアが溢れる世の中になるが、アイデアの膨張に具現化できる体制が追いつかないといった現象が起こりそうだ。ロボット化、Iot化で全世界的に製造業のボトムアップが図れるものの、これが出来ればあれも、と人間の欲望には限界がなく、これに追随できるモノづくり企業は限られてくることが予想される。どんな理想やアイデアがあっても、具現化するといった現実に即した実務能力がなければ絵に描いた餅でしかない。


 モノづくりを生業とする部品や素形材の業界には無責任な理想を掲げて成り立つ領域は存在しない。社会には政治をはじめグレーゾーンが継続して存在する業界・業種もあるが、ことモノづくりに限ってはあいまいさを排除する流れが急速に強まっている。解明できなかったグレーゾーンの現象・工程が今後はデータ化・見える化でますます明らかになるためだ。思いもつかないような複雑形状が求められることが増え、「形にする」という行為は以前よりも格段に難しく、誤魔化しが効かない世界に突入している。企業の姿勢が全て形に表れる、といった厳しくも潔い世界であり、今後はこの世界で生き残れる企業は限られてくるだろう。


 ロボットやAIによる合理的なアプローチで標準化を目指す大変革が世界規模で進んでいる。日本企業もこの流れに乗りながらも、合理性だけに焦点を当てた戦略では世界との違いが生まれない。モノづくりは合理性だけでできるものではなく、非合理性も内包し、即リターンがない忍耐が必要なビジネスでもある。「継続のなせる技」でエンドレスの我慢比べがモノづくりの側面だ。合理的戦略をベースに非合理性も許容するといった姿勢がメイド・イン・ジャパンを築いた本質といえる。モノづくりをビジネスと割り切っている海外勢には理解できず、真似できない姿勢であり、先人から脈々と築かれた日本のモノづくりの強さがここにある。具現化するといった取り組みで最もその完遂能力が高いのはいまだ日本の企業群だ。


 ただ気を付けなければいけないのが、「結果良ければ全てよしではないことだ。デジタル化が競争の源泉と位置付けるインダストリー4・0をはじめとした産業大変革期の今日は、具現化できたからといって、「経験と勘で出来た」では全く通用しない。モノづくりの見える化を進める上で、経験と勘は「裏付けがない」、「再現性がない」ものとして扱われ始めている。「答えが正解なら運や勘でもいいじゃないか」の世の中ではなくなっており、これは製造業の世界だけに限らず、いまや社会全体でこの方向に進んでいるといえる。日本の学校教育でもどうやってこの答えを導き出したかが問われるような試験形式に変わりつつあり、理論的に説明できなければ採点されない制度に変わってきているのだ。運や勘を排除し「理路整然とした説明ができないと相手にされない社会」に変わり始めている。モノづくりの見える化においても理論的説明は欠かせない。格段に品質保証が厳しくなるなか、不良対策を理論的根拠に則って説明できなければ、サプライチェーンに組み込まれない。


 こうした背景からダイカスト業界でも理論的根拠に則って再度アプローチしていこうといった機運も高まっている。ものつくり大学の西直美名誉教授の書籍「ダイカストの欠陥・不良を考える」が好評を博しているのもこうした流れの一つだ。日本を代表するメガサプライヤーや完成車メーカーの品質保証及び生産技術部署からの購入が大変多い。マルチマテリアル競争が激化する今後、ダイカストの不良を根本から見直し、理論的に構築し直さないとダイカストの存在領域は縮小するといった危機感が垣間見える。購入した完成車メーカーの鋳造担当者はこう話す。「溶湯を具現化し、それを寸分の違いなく量産することがこんなにも難しいものなのかと大変考えさせられる」。


 いま世の中は様々な産業装置類で電子制御化が進み、誰でも簡単に扱えるように進化しているが、その一つがヒトの退化で、利便性にともなう歪みが生まれているといわれる。そのものの本質的な仕組みが理解できないまま扱えてしまうことは、ヒトの能力や知恵が育まれにくい面がある。いわばヒトの応用性・拡張性が期待できないのだ。これに各企業が気付き始め、昔のシンプルなものを使って基礎となる仕組みを覚え込むといった人材育成が最近目立つようになってきた。


 例えば鉄道でも60年前に開発された車両を使って人材教育に活かすというニュースが昨年あった。東京の地下鉄、丸ノ内線で1957年~1996年まで使用された車両が引退後にアルゼンチンに渡り活躍後に、再び日本に戻ってきたという話しだ。60年前に開発され今でも十分現役で走れ、日本のものづくり力の凄みさえ感じさせる車両だが、今回わざわざ買い戻したのは構造がシンプルで電車の基礎を学ぶ教材に適しているためだ。電子制御の車両ではゲームのように仮想現実化した感覚で運転してしまい、いざという時に臨機応変な対応ができない危険性を孕むという。技術がどんなに高度化してもその基礎原理は普遍。現場で発生する問題への解決力や対応力を養うには、基礎を理解していることが重要という証左といえる。ただ現代はこの基礎を学ぶという一見簡単にみえることも、その環境自体を整えることが大変難しくなっており、多大なコストがかかってしまう事例が増えている。

2021年5月12日配信